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東京地方裁判所 昭和29年(行)88号 判決 1955年6月09日

原告 島本とみ

被告 国

訴訟代理人 本橋孝雄

主文

被告が原告に対し昭和十二年九月二十九日付でなした国籍回復の許可が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

(一)  原告は大正四年(一九一五年)七月八日アメリカ合衆国カリフオルニア州サクラメント市第四街千二百九番において日本人夫妻の間に生れ、日本国及びアメリカ合衆国の二重国籍を取得し、昭和二年六月二十七日に日本国籍を離脱して米国籍を有するのみとなつたものである。

(二)  原告はその後日本に住所を有するに至り、昭和十二年三月四日島本正巳と結婚式を挙げて夫婦となつたので、婚姻の届出を正巳に依頼したところ、正巳はその届出をするより前に、同年五月原告に無断で、原告の名義を冒用し内務大臣に対し日本国籍回復許可の申請をなし、内務大臣は右申請に基き同年九月二十九日付をもつて原告名義の右国籍回復を許可した。

(三)  右許可は島本正巳が原告の承諾を得ないでなした無効の申請に基いてなされたものであるから当然に無効であるところ、原告は昭和十二年十一月十七日島本正巳と婚姻の届出をなし、現に日本国籍を有するものではあるが、右許可が無効であることが確定せらるれば、アメリカ合衆国の国籍をも有し従つて日本国籍を離脱できることが明かとなるから、右許可が無効であることの確認を求める

と述べ、立証として甲第一乃至第五号証を提出し証人島本正巳の証言及び原告本人訊問の結果を援用し、乙第一号証の成立を否認した。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実中

(一)の事実は認める。

(二)の事実中、原告が日本に住所を有したことは認める。島本正巳が原告に無断で本件国籍回復許可の申請をしたことは否認する。その他の事実は知らない。

(三)の事実中原告が島本正巳と婚姻の届出をしたことは知らない。

と答え、立証として乙第一号証を提出し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、原告が大正四年(一九一五年)七月八日アメリカ合衆国カリフオルニア州サクラメント市第四街千二百九番において日本人夫妻の間に生れ、日米両国籍を取得したところ、昭和二年六月二十七日に日本国籍を離脱した結果米国籍のみを有していたことは当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一ないし第四号証によれば、昭和十二年九月二十九日付で原告(当時吉村とみ)に対し内務大臣から日本国籍回復の許可がなされ、同年十月二十三日和歌山県海草郡野崎村大字狐島百二十九番地に原告名義で一家創立の戸籍が編成され、次いで同年十一月十七日右同番地の島本正巳と原告の婚姻届出があつたことが認められる。

三、証人島本正巳の証言及び原告本人訊問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告はサクラメント市の高等学校を卒業し、昭和十年頃日本で行われた仏教大会に出席後父母の郷里である和歌山県に赴きお茶、生花等を学んでいたが、昭和十二年三月四日現在の夫である島本正巳と結婚し直ちに三重県久居の夫の勤務地に行つた。当時正巳は軍籍にあり、原告と婚姻の届出をするには原告の日本国籍を回復する必要があつたのと、原告は当時日本語に習熟せず且つ日本の事情もよく知らない有様であつたため正巳が出征した後に困るであろうという考慮とから、正巳は原告の国籍を回復することが万事原告のため好都合であろうと考え、婚姻の届出をするより先に、同年五月頃原告に何ら話すことなく郷里にいる原告の叔父にあてて原告の国籍回復許可の申請手続を依頼し、原告の叔父は右依頼に基いて原告名義の印を使用して国籍回復の申請書を作り村役場を通じて内務大臣にこれを提出した結果、前記のような国籍回復の許可がなされたものであつて、原告は日木に来てからまだ日も浅く事情に通じないために以上の事実を全く知ることなく、婚姻によつて日本国籍を取得したものとばかり思つていたところ、昭和二十二年中神戸駐在の米国領事から呼出を受けた機会に右認定の事実を初めて知つたものである。

四、而して前記島本正巳、原告本人の各供述によれば、原告名義の国籍回復許可申請書(乙第一号証)は正巳の依頼により他人が作成したものであつて、原告名義の印影に相当する印章の如きは原告のかつて所持したことのないものであり、前記甲第一号証によれば、本件国籍回復の許可は正巳の父島本富士太郎方にあてて通知されたことが認められ、原告の一家創立の場所が右富士太郎の本籍地と同一場所であることは前記甲第二、第三号証によつて明かであり、これらの事実は原告本人が当時日本の事情に通じていなかつたことと併せ考えると、原告は島本正巳との婚姻の届出については正巳からその知識を与えられていたであろうことは推測できるが国籍回復許可申請のことに関しては何らの相談もなく、正巳だけの配慮でその手続がなされたものであることを裏書するものということができ、原告が長期間にわたり国籍回復許可による日本国籍取得の事実を知らなかつたこともあえて怪しむに足りないのは勿論である。

五、以上のとおり原告名義の内務大臣に対する日本国籍回復許可の申請は原告の意思に基かないものであるから、その申請は無効という外なく、従つてこの申請に基いて内務大臣のなした国籍回復の許可もまた無効である。而して原告が右無効を裁判上確定することにつき正当の利益を有することは原告の主張するとおりであるから、原告の本訴請求は正当として認容すべきである。

よつて行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 粕谷俊治)

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